第1章:AIは私の日常を何も知らない。そのことに気づいた瞬間

公開日:2026年6月18日 読了時間:約9分著者:Terrence Wang
第1章:AIは私の日常を何も知らない。そのことに気づいた瞬間

私は仕事人生の大半を、ノートを持ち歩いて過ごしてきました。特別なものではありません。机の上にあった、ごく普通のノートです。罫線の入ったページと、ちゃんと書けるペン。そして、忘れる前に大切なことを書き留める習慣。それだけでした。Ankerにいた頃には、何十冊も使い切ったはずです。会議の議題。アクションアイテム。決定事項と、その判断に至った理由。正式な記録としてはどこにも残っていなくても、会社を陰で支えている、組織としての記憶です。

中国の企業では、それが当たり前の仕事の進め方でした。準備をして会議に臨み、会議中にメモを取り、終わったら議事録を共有する。たいていはLarkかDingTalkで。特にLarkは、会話が交わされ、ファイルが保管され、意思決定が記録される、組織の活動の中心でした。そこにAIが登場し、それまでの記録の習慣や情報の整理が、かつてないほど重要であると同時に、まったく不十分でもあると、突然感じたのです。

ノートと、文脈・背景情報の隔たり

自分の見方が変わったときのことを、今もはっきり覚えています。2023年の終わり頃でした。その時点で、ChatGPTを使い始めて数か月がたっていました。最初は慎重でした。話がうますぎると感じるものに接するときのように。ただ、その頃には本格的に使うようになっていました。連絡文の下書きをつくる。戦略上の課題を考える。アイデアをチームに持ち込む前に、厳しい観点から検証する。その力には、本当に感心していました。出てきた内容を見て、「これは、あらゆることを変える」と思う瞬間もありました。

そんなある日の午後、何週間も検討を重ねていた製品のポジショニングについて、腰を据えて考えようとしました。背景は隅々まで把握していました。その週だけでも、その件で3回の会議に出ていたのです。チームが何を話したか。データが何を示していたか。顧客の声がどの方向を指していたか。競合が何をしていて、どこに弱みがあるか。それらはすべて、私の頭の中とノート、そして12件のLarkのスレッドに散らばっていました。

ChatGPTを開いて、入力を始めました。そして、その後の45分間を、自分がすでに知っていることを、その存在すら知らない機械に一から説明することに費やしたのです。大げさに言っているわけではありません。本当に聞きたい問いにたどり着く前に、背景の説明だけで45分。ようやくそこまで来たときには、そもそも何を考えようとしていたのか、ほとんど忘れかけていました。

その後、椅子にもたれて思いました。これこそが問題になる、と。AIの能力でも、答えの質でもありません。ボトルネックは、私の現実の暮らしや仕事で起きていることと、AIが知ることのできる情報との隔たりでした。大切なことはすべて、会話も、意思決定も、事業の動き方を実際に左右する、積み重なった文脈・背景情報も、現実の世界にありました。会議で。電話で。顧客訪問後の10分間の振り返りで。まだ誰も書き留めていないアイデアが生まれた、ホワイトボードを囲む議論で。AIは、そのどれも知りませんでした。知ってもらうには、私が手で全部入力するしかなかったのです。毎回。例外なく。

説明し直すだけで45分

ここで、実際以上に大げさな話にはしたくありません。危機的な状況にいたわけではないのです。事業は順調でした。よいチームがいて、信じられる製品があり、キャリアも、仕事を始めた頃には想像しなかったところまで進んでいました。それでも、その隔たりのことが頭から離れませんでした。生産性の問題でもありましたが、それだけではなかったからです。これは構造的な問題でした。ビジネスを実際に動かしているのは、会話です。本当に大切な情報は、そこにあります。ドキュメントでも、きれいに仕上げたプレゼンテーションでも、四半期報告書でもありません。

顧客がふと警戒を解き、本音を口にする瞬間。決断に至る前の、意見のぶつかり合い。会議室を出る途中の何気ない会話が、状況を一変させるとき。私は仕事人生を通じて、そうした瞬間に向き合うことを学んできました。注意を向けること。大切なことを覚えておくこと。聞いたことを、次のよりよい判断に生かすことを。

そこへ、私たち全員をもっと賢く、もっと多くのことができるようにするはずの、驚くべき技術が現れました。ところが、その技術には、最も重要なものが見えていませんでした。会話が見えないのです。見えるのは、私が入力欄に打ち込んだことだけでした。

私は、このことを周りの人に話し始めました。驚いたのは、誰もが、文字どおり誰もが、何のことかすぐにわかったことです。月曜の朝に役立つ答えを得るため、毎週日曜の夜に1時間かけて、その週のメモをChatGPTに入力している女性の創業者。自分で考えるより事前の説明に時間がかかるので、商談分析にAIを使うのをやめた営業責任者。「すでに説明した文脈・背景情報」を一つのドキュメントに随時書き足し、毎回のセッションの前に貼り付けているコンサルタント。

ビジネスが本当に動く場所

みな、頭がよく、仕事のできる人たちでした。それぞれに対処法を見つけていました。そして、その対処法はどれも、結局は同じことでした。現実世界とデジタルの世界との隔たりを、人の手で埋める。それは、私たち全員が行っていたことの中で、最もコストのかかる作業でした。それなのに、いつの間にか当たり前になっていたのです。

ハードウェアの世界には、「ソフトウェアの人たちは、時間というものをわかっていない」という昔からの冗談があります。ソフトウェアなら、真夜中に更新を配信して、朝には100万人のユーザーに届けることができます。ハードウェアでは、1月にした決定の結果と向き合うのは、順調に進んでもクリスマスの頃です。金型や治工具の準備、サプライチェーン、製造、物流。何もかもが思った以上に時間を要し、フィードバックが返ってくるまでの時間は、数時間ではなく、数か月単位になります。

私はキャリアの大半を、その世界で過ごしてきました。Ankerは、その根幹においてハードウェア企業でした。業界の予想を上回る速さで動く方法を見いだした会社でありながら、それでも、形のあるものをつくる重みを理解している会社でした。つくるために何が必要か。きちんとつくるために何が必要か。深圳の工場から、米国の店頭へ、そして誰かの手元へ届けるために何が必要かを。

その世界は、ソフトウェアの世界では必ずしも重視されないことを教えてくれます。忍耐。具体的に詰めること。後から考えを変えれば実際にお金も時間もかかるからこそ、つくり始める前に、何をつくるのかを明確に定める姿勢。そして、自分より長くこの仕事に携わり、自分の知らないことを知っている製造パートナーへの敬意です。

ハードウェアの仕事が教えてくれた、時間の重み

また、本当の仕事がどこで動いているのかも教えてくれます。それは、ドキュメントの中ではありません。朝7時、珠江デルタの工場で生産ラインの横に立ち、製造がうまく進んでいるか、あるいは進んでいないかを見ながら、現場責任者と交わす会話。そこでのやり取りが、その後6か月の事業を決めるのです。顧客を集めたグループインタビューで、一見ささいに聞こえるのに、その重みがすぐに伝わってくる一言が出たとき。会議後のタクシーでチームと振り返る中、ようやく本音が出てくるとき。そうした場にこそ、仕事の核心があります。

これが、私の知っている世界でした。会話が仕事の基本単位であり、文脈・背景情報は何年もかけて蓄積される。何が、いつ話され、なぜ大切だったのかを覚えていること。それは、私が何十年もかけて磨いてきた仕事のスキルでした。ところが、AIがあらゆることを速くしていく一方で、仕事の実態を形づくるものには、まったくアクセスできないままだったのです。

Memoketのアイデアは、映画のワンシーンのような、鮮やかな瞬間にひらめいた。そう言えたらと思います。電球がぱっとともるような瞬間。突然の気づき。でも、そうではありませんでした。多くの本当のアイデアと同じように、少しずつ形になり、やがて一気につながったのです。まだうまく名前もつけられない問題に、長くもどかしさを感じていたこと。同じ思いを抱えていた同僚との会話。何度考えても同じところに戻ってくる、まとまりきらない考えで埋まったノート。

この隔たりを埋めるものは、何なのか。アプリ同士の隔たりではありません。そこには、多くの優秀な人たちがすでに取り組んでいました。デジタル上の生活や仕事を整理するツールは、急速によくなっていました。AIアシスタントも賢くなっていました。でも、現実世界との隔たりはどうでしょう。毎日、あらゆるオフィス、カフェ、車内、役員会議室で交わされ、AIには知る手段のない会話は、どうなるのでしょう。その隔たりを埋める製品は、まだありませんでした。そして、一度それがはっきり見えてしまうと、もう見過ごせなくなったのです。

現実世界との隔たりを埋める

それ以来、なぜこの問題がまだ解決されていなかったのか、ずいぶん考えてきました。なぜ誰もつくっていなかったのか。その理由の一部は、技術にあります。プライバシーを犠牲にせず、これをきちんと実現するために必要なハードウェア、音声処理、デバイス内のストレージ。それらを、人が本当に一日中身につけたいと思える形に収めるのは、非常に難しい課題です。

ただ、理由の大部分は、文化にあると私は思います。テクノロジーの世界では、現実世界はいつも後回しにされてきました。本当に重要なことは画面上で起きていて、画面の外のことは、人に入力してもらえば済む。そんな前提があったのです。AIが便利な道具であるうちは、その前提でも問題ありませんでした。しかし、AIがインフラになると、その前提は成り立たなくなり始めます。

事業を動かすツールの有用性が、持っている文脈・背景情報に左右されるとき。実際に起きたこととAIが知っていることの隔たりが、組織で最も大きなコストを生むようになるとき。現実世界は、もう後回しにできるものではなくなります。解決すべき課題そのものになるのです。今、私たちはその地点にいます。そして、それが私をここへ導き、ほかのどこにも見つからなかったものをつくることになった理由です。

ノートは、今も机の上にあります。今も書き留めています。長年の習慣は、一晩では消えません。ただ今は、会議が始まる前に、手首につけたデバイスのボタンも押します。そして会話が終わったとき、その場の会話に集中することと、何があったかを覚えておくことの、どちらかを選ぶ必要はありません。両方ともできているのです。それが、私の欲しかったものでした。つくるには時間がかかりました。でも、待つだけの価値はあったと思います。

Memoket Gemが会話を記録することで、あなたは目の前の会話に集中できます。仕組みを見る