第2章:まだ誰もつくっていないものをつくるために、私たちが会社員を辞めた理由

公開日:2026年6月18日 読了時間:約7分著者:Terrence Wang
第2章:まだ誰もつくっていないものをつくるために、私たちが会社員を辞めた理由

iPhoneの背面に、磁石で取り付けるデバイスがあります。会議を録音し、文字起こしをして、要約する。説明どおりのことを、きちんとしてくれる製品です。

Ankerを辞めてコンサルティングの仕事をしていた時期、私はその一つを使っていました。さまざまな企業やプロジェクトに関わり、どんなノートにも収まりきらないほどの会話を把握しようとしていた頃です。しばらくは、これでうまくいっていると自分に言い聞かせていました。ところが、そのデバイスを取り出したときに何が起きるかに、気づいたのです。その場の空気が変わりました。

その場の空気を変えてしまったデバイス

劇的な変化ではありません。誰かが口に出して指摘するようなものでもありません。それでも、感じ取れました。テーブルの上に置かれ、みんなの目に入るそのデバイスは、自分の発言を意識させる小さなアンテナのようでした。人々の言葉の選び方が変わりました。ふと警戒が解けて本音がこぼれる、あの瞬間が減ったのです。そして、建物を出るまでの10分間の振り返り。本番の会話が終わった後の会話は、エレベーターの中で交わされました。そこにデバイスはありませんでした。誰も持っていこうと思わなかったからです。

技術は機能していました。でも、人と人との自然なやり取りが損なわれていたのです。それでも私は使い続けました。使わないほうが、もっと困ったからです。ただ、その違和感は心に留めておきました。本当に必要な解決策は、単に会話を記録することではありませんでした。話される内容を変えてしまわない方法で、会話を記録することだったのです。

私は、次の計画を決めずにAnkerを辞めました。自分としては珍しいことでした。それまでのキャリアの大半は、目標を軸に進んできたからです。製品を世に出す。チームをつくる。数字を達成する。そして、次へ進む。Ankerでは、入社したときに目指していたことを、一度ならず実現してきました。そしてやがて、この先は別の誰かに託すときだとわかる地点にたどり着きました。寂しく感じることはあっても、悲しい瞬間ではありません。長い本を読み終えて、表紙を閉じる感覚に近いものです。よい物語だった。読み終えた。さて、次は?

次の計画を決めずにAnkerを去る

答えはありませんでした。そしてしばらくは、わからないままでいることを、自分に許しました。仕事の面で、その空白を埋めてくれたのがコンサルティングでした。製品戦略、市場でのポジショニング、実際にものをつくった人にしかわからない実務の細部。自分がよく知る課題に、引き続き関わることができました。思っていた以上に、楽しかったのです。複雑に絡み合った状況に新しい視点で入り、内部の誰も思いつかなかった問いを投げかけ、行き詰まっていたものが動き始めるのを見る。そこには、独特の喜びがありました。

ただ、同じ手間に何度もぶつかりました。新しい顧客、新しい案件のたびに、ゼロから始めなければならなかったのです。能力がゼロという意味ではありません。仕事の進め方はわかっていました。ゼロだったのは、文脈・背景情報です。そして、誰もが仕事の道具としてAIを本格的に使い始めるほど、その手間が目立つようになりました。会議室で、電話で、何週間もの仕事の中で実際に起きたことと、ツールが把握できること。その隔たりを埋めるために、膨大な労力を費やしていたのです。事前に説明するための負担が、毎回のようにかかっていました。

録音デバイスは役に立ちました。でも、その場の空気を変えてしまいました。私は考え続けていました。もっとよい方法があるはずだ、と。ElisaもAnkerを辞めていました。Huilongも、かつてAnkerにいました。私たち3人の間には、本当の課題を一緒に乗り越えてきたからこそ生まれる信頼がありました。製品を世に出す。締め切りに間に合わず、そこから立て直す。必要な議論はぶつかり合ってでも交わし、その後も一緒に働ける関係でいる。そうした経験の中で築いた信頼です。

語り合い続けた仲間たち

そんな関係ができると、それを続ける理由を探したくなるものです。だから私たちは、話し始めました。最初から会社をつくる話をしていたわけではありません。話題はアイデアでした。AIはどこへ向かうのか。それは何を意味するのか。面白い課題はどこにあるのか。何かを立ち上げると気づく前の創業チームによくあるように、何かの結論を出さなければというプレッシャーもなく、自由に、率直に、何か月も語り合っていました。

いろいろなアイデアが出ました。その多くは、よくある意味で「よいアイデア」でした。話し合うには面白い。でも、実際につくるほどではない。さまざまな角度から考え、厳しい観点から検証し、次へ進む。それを繰り返していました。そしてあるとき、私はあの隔たりについて話しました。事業の提案としてではありません。ずっと抱えていながら、まだ十分には言葉にできていなかったもどかしさとして。コンサルティングの仕事で使った、その場の空気を変えてしまうデバイスのこと。本来ならChatGPTがすでに知っていてほしい課題について、文脈・背景情報の説明だけに45分を費やしたこと。知り合いの優秀な人たちが、みな似たような対処法を編み出していて、そのどれもが、本来は製品で解決すべきことを、ますます複雑な手作業でこなす方法にすぎないと気づいたことを。

Huilongは耳を傾けていました。そして、いくつか質問をしました。こちらがまだ話している間に、相手はもう頭の中で問題を解き始めている。そうわかるような、的確で技術的な質問でした。それから、こう言いました。「数日、時間をください」。そして次に会ったとき、彼はアルゴリズムを持ってきました。

細部まですべて理解していたふりをするつもりはありません。私が理解したのは、それが何をするかでした。会話の生の素材、つまりノイズも繰り返しも脱線も含んだ実際のやり取りから、その中にある構造を見いだせるのです。単なる文字起こしでも、単なる要約でもありません。何が重要なのか。ほかに話されたこととどうつながるのか。その文脈の中で何を意味するのか。それらを捉えるものでした。自分でもまだ十分に問いにできていなかったことへの、技術的な答えだったのです。

アルゴリズムと最初のプロトタイプ

問題の半分には、解決策ができました。次に必要だったのは、人が実際に使える形にすることです。私たちは誰も、一般消費者向けのアプリをつくったことがありませんでした。普通なら、経験のある人を探すところでしょう。そのことを少し話し合った後、Elisaが、自分でやってみると言いました。

彼女は1週間で、最初のプロトタイプをつくりました。Huilongと私の意見を取り入れながら、Claudeの力も借りて。Claudeは、私たちの誰もが想像していた以上に、頼れる開発パートナーでした。Elisaには、それまでアプリ開発の経験がありませんでした。それでも、プロトタイプは動いたのです。

初めてそれを手にしたとき、二つのことを同時に考えたのを覚えています。一つは、「本当に形になった。これこそ、求めていたものになるかもしれない」。もう一つは、「経験のない私たち3人が、1週間で動くアプリをつくれたのなら、何が実現可能なのか、その前提が本当に変わったのだ」ということでした。

アイデアが現実になった瞬間

それ自体が、一つの確かな兆しでした。私たちのアイデアが実現可能だというだけではありません。今この時代が、それまでのどの時代とも違うということです。ツールはそろっていました。実現する力もありました。隔たりは確かに存在し、まだ誰も埋めていませんでした。私たちは、取り組むべき課題を持って、ちょうどよい時機に、ちょうどよい場所にいたのです。

妻は、そのすべてを近くで見ていました。次の計画もなくAnkerを辞め、コンサルティングの時期を過ごし、そこには何かがあるという確信を日ごとに強めながら帰宅する私を。3人で何をつくろうとしているのかを話したとき、妻は慎重になるようにとは言いませんでした。「それを見つけに行っておいで」と言ってくれました。

2025年の冬にMemoketを人に見せ始めたとき、ほとんどの人は、最初はよくわからない様子でした。頭がよく、技術を理解していて、私が話すあの手間を、自分でもまったく同じように感じたことのある人たちです。説明を聞いてうなずくものの、今ひとつ実感が湧いていない。そんな場面を、何度も見ました。「文脈・背景情報を記録するデバイス」と聞いた途端、頭の中でボイスレコーダーに分類し、それ以上は考えなくなるのです。

ところが、デモを見ると変わりました。1週間分の断片的な会話が、構造化された一つの資料にまとまっていく。それまで取りこぼしていたものが整理され、つながり、そのまま使える形になる。それを目にすると、表情が変わるのです。その顔は、こう語っていました。「こういうものを、ずっと待っていた」。

Memoket Gemが会話を記録することで、あなたは目の前の会話に集中できます。仕組みを見る