第3章:誕生が危ぶまれた製品

公開日:2026年6月18日 更新日:2026年7月22日 読了時間:約11分著者:Terrence Wang
第3章:誕生が危ぶまれた製品

この数十年、テクノロジーの世界では一つの変化が起きていました。ほとんどの人は、その時代を生きながらも、変化を十分には意識していませんでした。

始まりは、ガレージでした。文字どおりの意味です。ロスアルトスのApple。パロアルトのHP。米国の技術革新の物語は長い間、限られた資源と大きな志を持つ人々が、狭い場所で形のあるものをつくる物語でした。

ガレージから深圳へ

ガレージが象徴となったのは、実際にそこがものづくりの現場だったからです。ブレッドボードで回路を組み、工業デザインについて議論し、自分たちの手を動かしながら、製品のあるべき姿を探る。ハードウェアは、そこで生まれていました。その後、中国が門戸を開きました。珠江デルタは、それまで世界になかったほど高度な製造のエコシステムへと成長しました。専門化された組立ライン。何十年もの経験で技術や知識を積み重ねた作業者たち。深圳から車で1時間圏内に行けば、ほとんどどんな部品でも調達できるほど、密集し、つながり合ったサプライチェーン。米国の工場では何か月もかかっていたことが、ここでは数週間で実現できました。莫大な資金が必要だったことを、はるかに少ない費用で行えるようになったのです。

その結果、ものをつくる場所は、静かに、しかし根本から変わりました。この変化の初期にNPRがすでに報じていたように、消費者が欲しがる魅力的な機器の多くは米国で発案されても、アイデアを実際の製品に変える段階になると、製造は中国に委ねられていました。「カリフォルニアで設計し、中国で組み立てる」が定番となり、長い間、関わる誰にとってもうまく機能していました。

しかしその後、「ソフトウェアが世界を飲み込む」時代が訪れ、シリコンバレーの関心は完全に別の方向へ移りました。MIT Technology Reviewは、その状況を的確に捉えていました。珠江デルタに集まる工場、部品供給業者、サービス事業者、熟練した労働者たち。その組み合わせは、ほかの場所で再現するのが非常に難しいものになっていたのです。深圳が静かに世界のハードウェアの中心地となる一方で、シリコンバレーは自らの軸足を、完全にソフトウェアへ移しました。評価も資金も、その後を追いました。

法人向け事業として成長する可能性のあるソフトウェア企業は、ハードウェア企業ではめったに得られない高い評価倍率で資金を調達できました。その根拠は、事業の拡張性です。ソフトウェアなら、一晩で100万人のユーザーに届けられます。ハードウェアは、製造し、梱包し、出荷し、返品や交換にも対応しなければなりません。利益率の構造が違う。成長曲線が違う。投資家が描く筋書きも違う。2015年から2025年初めまでの400件超のM&A取引データでは、売上高に対する企業評価額の倍率の中央値は、ソフトウェア企業の3.0倍に対し、ハードウェア企業ではわずか1.4倍でした。この差は、投資家がソフトウェアに見込む、事業の拡張性と継続収益の優位性を反映しています。

ソフトウェアだけに絞るという誘惑

ある種のベンチャー投資家にとって、ハードウェアは、より難しい投資先になりました。価値がないからではありません。SaaSのダッシュボードのようには拡大できないからです。RazerのCEOがTechCrunchに寄稿したように、ベンチャーキャピタルや技術者たちは長年ソフトウェアに熱を上げ、その一方で、家電・電子機器メーカーに向かう投資は、そのごく一部にとどまっていました。その理由の一つは、Marc Andreessenの有名な言葉どおり、「ハードウェアは難しい」ことです。ハードウェア事業の売り込みでは、たいてい早い段階で、決まってこんな問いが出ました。「それで、ソフトウェアではどう展開するのか」「継続収益はどこから生まれるのか」「どうすれば法人向け事業になるのか」。

私は、その世界でキャリアを積んできました。数字の理屈は理解していました。シリコンバレーがソフトウェア企業の評価倍率を語る中、Ankerがその状況を乗り越え、真にグローバルで、確かな利益を生み、広く認められるハードウェア企業になっていくのを見てきました。不可能ではありません。ただ、別の種類の規律ある取り組みが必要なのです。だからMemoketが、事業戦略を考えるほど具体的になったとき、その問いは意外なものではありませんでした。そもそも、ハードウェアをつくるべきなのか。

アルゴリズムはありました。プロトタイプのアプリもありました。実在すると確信できる課題があり、機能する解決策もありました。表計算で評価できるほとんどすべての面で、ソフトウェアの道のほうが明快でした。必要な資金は少なく、改善を重ねる速度は速く、事業を拡大しやすい。いずれ臨むとわかっていた資金調達の場でも、企業価値の評価を得やすい。ソフトウェアだけに絞るという主張は、決して筋の悪いものではありませんでした。そこは、はっきりさせておきたいのです。私たちは、それを一度ならず真剣に話し合いました。

それでも、いつも同じ問題に戻ってきました。スマートフォンで録音するのは、当然の選択に思えます。実際に、記録のための主なデバイスとして使ってみるまでは。スマートフォンは、担っている役割が多すぎるのです。電話がかかってくると、録音が止まる。通知で気が散る。会議の開始時に40%あったバッテリーが、1時間後には12%になり、このまま電池切れにしてよいのかと判断を迫られる。スマートフォンは、あなたの生活の中で、さまざまな用途が最も激しく場所を奪い合う存在です。ほかのすべてをこなしながら、文脈・背景情報まで預かってほしいと頼むのは、無理があるのです。

Apple Watchは、いくつかの点で優れていました。小さく、目立ちにくく、すでに手首にあります。ただ、割り込みによる中断の問題は同じで、ストレージもマイクの品質も、私たちの用途に合わせてつくられてはいませんでした。専用の録音デバイスをテーブルに置くと何が起こるかも、コンサルティングの時期にすでに見ていました。その場の空気が変わるのです。見張られているように感じさせてしまう。まさに記録しようとしたその瞬間に、会話から率直さが失われ、得られるものまで減ってしまいました。

今あるウェアラブルに付け加える

つまり、スマートフォンは忙しすぎる。時計は用途にぴったりとは合わない。専用デバイスは、技術的には機能しても、人と会話する場になじめない。そして深圳のテーブルを囲んでいたのは、何十年ものハードウェアの経験を持つ私たちでした。最初に口にしたのは、たしかHuilongです。Elisaと私も、すでに同じことを考えていました。私たちは、もののつくり方を知っている。このエコシステムを知っている。供給業者も知っている。既存のハードウェアがどれも同じような点で合わないのなら、手に入る中で一番ましなものを受け入れるのが答えではありません。本当に合うものをつくればいい。そこで問いは変わりました。その製品は、どんな形であるべきなのか。

市場にあるほかの製品を調べました。AIウェアラブルが注目を集めていた時期です。ジャケットに着けるピン型デバイス。常時録音するイヤホン。首から下げるデバイス。どれにも、同じ基本的な前提がありました。AIウェアラブルは新しいカテゴリーであり、生活に新たに加えるものであり、すでに持ち歩いているものと場所を奪い合う、新たなデバイスであるという前提です。私たちは、それが正しいとは思いませんでした。

私たちが製品を届けたい人たち、創業者、中小企業の経営者、コンサルタント、営業職の人たちは、すでに何かを身につけていました。Apple Watch、Garmin、Whoop、Ouraのリング。自分の体に何を着けるかは、すでに決めていたのです。そこにもう一つデバイスを加えてもらう。充電するものを増やし、忘れずに持つものを増やし、向かいに座る人に説明するものも増やす。それは、確かな負担です。デバイス自体が小さくても、気にかけなければならないことは小さくありません。

私たちは、自分たちの手首を見ました。3人ともApple Watchを着けていました。ウェアラブルをもう一つ増やすのではなく、今あるウェアラブルに付け加えたらどうだろう。今聞けば、単純なアイデアです。でも当時は、道が開けたように感じました。注意を奪い合う新しいデバイスではない。すでに信頼し、充電し、意識せず毎日身につけているデバイスに、機能を付け加えるもの。今の生活に場所を空けてもらうのではなく、その生活に自然に溶け込むものです。

設計の前提としてのプライバシー

Anker時代の同僚2人に連絡しました。どちらも工業デザインの専門家です。何をしようとしているのかを伝えました。仕様書でも、詳細な依頼書でもなく、アイデアだけです。小さく、軽く、上質で、Apple Watchのバンドの下部に取り付けられ、必要になるまで存在を意識させないもの。数週間のうちに、2人は3Dプリントの試作品をつくってくれました。

初めて手に持ったときの、形のあるものがしっくりくる独特の感覚を覚えています。ハードウェアに携わったことのない人には、説明しにくい感覚です。よく考えてつくられたものには、意識して分析する前に伝わるよさがあります。重さの配分。手に収まる感じ。どの面にも、誰かが丁寧に考えを巡らせたとわかる感触。調整は必要でした。もちろんです。最初のプロトタイプには、必ず修正が必要です。それでも、方向性は合っていました。それも、手に取ればわかったのです。

それは時計のバンドの下部、Apple Watchの文字盤のすぐ下に、すっきりと収まりました。競合するのではなく、一緒に身につける。その場所にあるのが自然に見えました。何かに後付けで無理やり取り付けたものではなく、人々がすでに愛用しているもののために、考え抜いて付け加えたものです。軽く、着けていることを忘れるほどでした。時計のシルエットを変えないほど、小さくもありました。それでも、デュアルマイク、300時間分の音声を保存できるデバイス内ストレージ、そして通常想定されるどんな会議よりも長く持つ20時間のバッテリー駆動時間を備えていました。

プライバシーについては、最初から慎重に考えていました。法令順守のために確認欄を埋める話としてではなく、設計上、必ず守るべき条件としてです。私たちがつくっていたデバイスが強力なのは、実際の会話、気を張らない、率直な会話を記録するからこそでした。その力には、責任が伴います。一部のAIウェアラブルが採用していた常時録音という方法は、私たちには合いませんでした。ユーザーが録音すると決めていないのに、録音しているデバイスにはしたくありませんでした。押すと開始する。押すと停止する。最初から、それが操作の基本でした。

同時に、その場にいる人にも、録音していることがわかるようにしたいと考えていました。多くの国や地域では知らせる義務がありますが、義務だからというだけではありません。本当に信頼してもらえるものをつくるには、それが正しい方法だと信じていたからです。たとえ合法でも、ひそかに作動するデバイスは、そのことがわかったとき、人々の受け止め方を変えてしまいます。録音デバイスがテーブルの上に見える形で置かれると何が起こるかは、すでに見ていました。その問題を、デバイスを隠すことで解決したくはありませんでした。別の方法で解決したかったのです。

納得のいく形でつくり上げた製品

赤いLEDは、その話し合いから生まれました。Gemで録音中は、デバイスの小さな赤いランプが見えます。隠れているわけでも、気づきにくいわけでもありません。その場にいる誰にでも見えるものです。カメラや電話など、記録する機器で何十年も使われ、人々が意味を理解してきた、あの赤い光です。「今、録音しています。あなたにも、ここにいる全員にも、それがわかる」。そう伝えます。テストを始めてわかったのは、赤いLEDが、心配していた気まずさを生まなかったことでした。人々は、私たちが思っていた以上に、録音中の表示になじみがあったのです。

iPhoneに取り付けていたメモ用デバイスが、その場にそぐわず威圧的に感じられたのは、録音するという事実のためではありませんでした。形状の問題だったのです。会議用テーブルの上に置かれた、監視装置のような長方形の板。一方、手首にあり、小さな赤い表示が点灯するGemは、違って見えました。道具に見えたのです。仕事のための道具に。部屋に設置されたものではなく、その人が選んで使っているものに見えました。気まずさが完全になくなったわけではありません。それがゼロになることはありません。でも、以前のデバイスでは難しかったほど、対処しやすいものになっていました。

デザインはできていました。アルゴリズムも、アプリもありました。2026年初めには、プロトタイプからサンプル、量産へと進めてくれる製造パートナーとの体制も整えていました。ところが、その提携が頓挫しました。詳細には立ち入りません。今も整理がついていないことがあり、どれも特に面白い話ではないからです。物流。期待の食い違い。ハードウェア開発では、経験のない人が想像するよりも、ずっと頻繁に起きるような供給業者との問題です。そういうこともあると想定していても、実際に起きると、やはり驚かされます。

一つ言えるのは、もともと余裕のなかった時間を失い、完了したと思っていた工程をやり直す必要が生じたことです。その後、新しいパートナーが見つかりました。私はこの業界に長くいて、製造パートナーとの関係は単なる取引ではないと知っています。最もよい関係は、共同作業です。製造パートナーには、こちらに見えないものが見えます。材料、寸法の許容差、製造現場の実情について、どんな仕様書にも書ききれないことを知っています。

こちらがつくろうとしているものに心から興味を持ち、うまくいかないことには異論を示し、ただ否定するのではなく代案を出してくれる。製品を、大切にする価値のあるものとして扱ってくれる。そんな相手は、単なる発注先ではありません。一緒につくる仲間です。新しいパートナーは、まさにそうでした。より柔軟で、より深く関わり、距離を置くのではなく、その場で一緒に問題を解いていこうとしてくれました。後退に思えた出来事が、開発体制そのものの改善につながったのです。誕生が危ぶまれた製品は、納得のいく形でつくり上げた製品になりました。

Memoket Gemが会話を記録することで、あなたは目の前の会話に集中できます。仕組みを見る