第5章:その存在を知る前から、必要としていた人たちを見つける

公開日:2026年6月18日 読了時間:約11分著者:Terrence Wang
第5章:その存在を知る前から、必要としていた人たちを見つける

3月のある朝。空は曇り、風が吹いていました。私たち3人は、2人用の会議室に身を寄せ合うように座っていました。

オフィス全体も、実際そんな状態でした。20人で使う空間は、チームが大きくなるにつれて、ますます手狭に感じられるようになっていました。その小さな会議室で、Edo、Elisa、そして私はホワイトボードを前に、まだ明確に答えられていなかった問いに向き合っていました。私たちのブランドストーリーとは、何なのか。

小さな会議室で向き合った問い

マーケティングの問いに聞こえるかもしれません。でも、そうではありません。なぜ自分たちが存在するのか。誰のためにいるのか。何を本当に信じているのか、という問いです。Simon Sinekは『Start With Why』で、それを明快に述べています。ほとんどの企業は、自分たちが何をしているかを知っていて、どう実現しているかを知る企業もある。しかし、なぜそれをするのかを言葉にできる企業は、ごくわずかだと。それができる企業に、人はついていきます。できない企業は、ただ製品を売っているだけです。

深圳では、この問いへの主流の答えは、いつも「そんなことは重要ではない」でした。速く動き、Amazonに製品を出し、商品ページを最適化し、広告を出す。売上が入ってきてから、ストーリーを考えればいい。その方法は機能します。ここには、そのやり方で確かな事業を築いた会社がたくさんあります。ただ、それで生まれるのは、役に立つものであって、愛されるものではありません。人々にとって意味があるからではなく、手に入るから選ばれるブランドです。

私たちは、違うものをつくりたいと思っていました。Memoketは、他社のブランドのために製造している製品ではありません。私たち自身のものでした。私たちそのものがMemoketであり、Memoketそのものが私たちでした。なぜ存在するのかを自分たちがわかっていなければ、ほかの誰にもわかるはずがありません。だから、その部屋に座って、「なぜ」を探し始めました。そして、すぐに壁にぶつかりました。

全員が、自分の手で製品を使う必要があった

問題は単純で、はっきり見えると、少し恥ずかしくなるようなものでした。その部屋で、実感を持って製品を語れるほど使い込んでいたのは、私だけだったのです。EdoとElisaが努力していなかったからではありません。動作するサンプルが、ほとんどなかったからです。Gemはプロトタイプとして存在していました。アプリもありました。でも、実際に動く実機を手にし、一日身につけ、本当の会話を記録して、それらをまとめて整理した結果を見る。チームの大半には、その機会がありませんでした。みんな、プレゼンテーションやデモ動画でしか見たことのないものに取り組んでいました。地図を見て街を知るように、製品を知っていたのです。

そのとき、この章で最初の大切な気づきがありました。フレームワークや戦略会議から得たものではありません。Edoが、そこにはないものを求める姿を見て、気づいたのです。何年も前、Ankerで一緒に働いていた頃のことを思い出しました。PRチームを率いるために入社したEdoは、最初の数日のうちに、製品サンプルが欲しいと私のところへ来ました。レビュー用でも、デモ用でもありません。実際に使うためのサンプルでした。

彼が知りたかったのは、スピーカーを最大音量にすると、どれくらい大きな音が出るのか。モバイルバッテリーは、ぬれても動き続けるのか。充電ケーブルを机から何度も落としたら、どうなるのか。製品担当者たちが考えもしなかった問いでした。彼らは製品を開発していても、それと一緒に暮らしてはいなかったからです。ここのテクノロジー業界では、誰もがある程度、実際の利用場面から切り離されたところで働いています。つくる。仕様どおりか試す。写真を撮る。スライドで紹介する。でも、立ち止まって「これを買う人は、実際に何をするのか」と考えるとは限りません。

私は製品チームに、会社の一人ひとりにサンプルを渡すよう伝えました。経営陣だけではありません。全員です。エンジニアも、業務運営の担当者も、パッケージをつくっているデザイナーも。Memoketをつくっている全員が、実際にMemoketを使う必要がありました。

使い続けて初めてわかる、製品の本当の価値

数日後、Edo、Elisa、そして私は、同じ会議室に再び座りました。今度は、様子が違いました。初めて、同じ言葉で話していました。仕様や機能、ポジショニング資料の言葉ではありません。体験の言葉です。Gemが会議を記録し、内容がすっきりと統合・整理されて返ってくるときの感覚を、全員が知っていました。Memoketが「すごいもの」から「なくてはならないもの」に変わる瞬間。本当に大切なのは、その瞬間なのだと、全員がわかっていました。

それは、最初の録音ではありません。会話を記録するだけなら、どんなメモ用デバイスでもできます。最初の録音も、役には立ちます。でも、驚くべきことが起きるのは、5回目、10回目、20回目の後です。Memoketが、異なる時期の会話の情報を結びつけ始めるとき。3週間前の会話を取り出し、「今この話題について話していますね。以前は、こういう結論に達していました」と示すとき。1週間分の断片的な顧客との通話が、一つの筋の通った資料にまとまるとき。頭の中で不正確に、断片的に抱えていた文脈・背景情報が、代わりに、頼れる場所に蓄えられるようになるときです。

それこそが、この製品でした。それこそが、「なぜ」でした。そしてその気づきから、従来の広告ではうまくいかないことも、すぐにわかりました。15秒の動画では伝えられません。バナー広告でも実演できません。Memoketの力は、体験し、積み重ねることでわかるものです。じっくり使ってくれる人に、時間をかけて見えてきます。必要なのは、誰にでも大声で呼びかけて、何人かが聞いてくれることを期待するのではなく、その人たちを見つけることでした。コミュニティをつくる必要があったのです。

EdoがDiscordを紹介しました。ElisaはSlackを提案しました。両方を運営することにしました。探している人たちは、どちらにもいたからです。そして、そのときの私たちの合言葉が「あらゆることを試す」だったからでもあります。これは、深圳のハードウェア企業としては珍しい取り組みでした。出荷できる製品ができる前にコミュニティをつくる。購入までの導線づくりよりも、アーリーアダプターとの関係に力を注ぐ。最初のユーザーを、顧客ではなく、一緒につくる仲間として迎える。どれも、ここの定石にはありません。普通は、まず売って、話すのは後です。私たちは、あえて先に話していました。自分たちの製品には、それが必要だと信じていたからです。

アーリーアダプターを見つける

次の問いは、そのコミュニティに、求める人たちをどう集めるかでした。大規模なインフルエンサー施策に使う予算はありませんでした。それ以上に、投資に見合う効果があるか、確信がありませんでした。インフルエンサーマーケティングは、人々がすでに理解しているものを売るときに機能します。私たちが売るのは、そういうものではありませんでした。Elisaが、ニュースレターを提案しました。自分たちのニュースレターではありません。それは、まだ先の話です。テクノロジー、AI、生産性、知識を扱う仕事のこれからに関心を持つ人々に向けて、すでに発行されているニュースレターです。

その読者は、文章を丁寧に読み、ツールや仕組みについて考える人たちでした。自分自身が感じてきたからこそ、Memoketが埋めようとしている隔たりを理解できる人たちです。私たちはニュースレターの発行者に連絡し、読者にMemoketを知ってもらい、DiscordとSlackへ案内し始めました。予想以上に早く、反応がありました。求めていた人たちが、集まり始めたのです。大勢ではありません。でも、必要な人たちが着実に集まっていました。好奇心があり、積極的に関わり、よい質問をし、私たち自身がまだ言葉にできていなかった製品の一面を教えてくれる。そんなアーリーアダプターたちです。Founding Membersとしてベータテストに参加してくれる人を100人集めることが目標でした。最初の48時間で、その人数を48%上回りました。コミュニティは、単なるマーケティングの場ではありませんでした。一つの確かな兆しでした。製品が市場のニーズに合っていること、つまりプロダクト・マーケット・フィット(PMF)が、実際にあると教えてくれたのです。

ただ、外の世界でも確かめる必要がありました。自分から見つけて来てくれた人と話すことと、予備知識もなく、好意的に見てくれる理由もない初対面の人が、製品に初めて触れる様子を見ることは、まったく違います。2026年5月、私たちはMemoketをニューヨークのPepcom Spring Spectacularへ持っていきました。ジャーナリスト、業界アナリスト、技術分野の専門家たちが、製品の並ぶ会場を回り、一つひとつに数分ずつ触れながら、注目する価値があるかを素早く判断するメディアイベントです。

外の世界で確かめる

私たちのような製品にとって、厳しい環境です。Memoketの力は、時間をかけて初めて見えてきます。ブースでの3分間のやり取りでは、何週間も積み重なった文脈・背景情報を実演できません。できるのは、それらを統合・整理した結果を見せることです。Gemが処理すると、会話がどんな形になるのかを見てもらう。実際に手に取り、手首で重さを感じ、何をしていて、何をしていないのかを理解してもらう。私たちは、人々がその価値をつかむ瞬間を見ました。全員が理解したわけではありません。すぐに理解してもらえたわけでもありません。でも、わかったときには、表情にはっきりと表れました。何かが変わるのです。取材者としての礼儀正しい表情が、もっと素直な表情に変わりました。

今も何度も思い返す場面の一つは、会場で勤務していた救急救命士たちとのやり取りです。彼らは、イベントスタッフによくある様子でブースに立ち寄りました。好奇心はあるけれど、仕事中の距離感は保ち、すぐに立ち去るつもりでいました。そのうちの一人がGemを手に取り、質問を始めました。数分後には、私たち自身もまだ十分に想定できていなかった使い方を話していました。救急救命士が出動するたびに、救急車の中では、観察したこと、処置、患者の反応、時刻、投薬量、そして素早い判断が、次々に積み重なります。そのすべてを、救急外来の看護師や医師へ正確に引き継ぐ必要があります。現状では、その引き継ぎは、手書きのメモと、記憶違いが起こることもある人間の記憶に頼っています。彼はGemを見て、その引き継ぎにどんなことができそうか、すぐに理解しました。私たちは、彼のためにつくったわけではありません。それでも彼は、そこに自分にとっての価値を見いだしたのです。

本当に価値のある製品とは、そういうものです。つくり手が想像した使い方を超えていきます。そのイベントでは、弁護士にも、価値をはっきり理解してくれる人がいました。コンサルタントにも。創業者にも。業界は違っても、共通点が一つありました。会話を中心に働き、毎日、文脈・背景情報を失っていたことです。その負担をあまりに長く抱えていたため、意識しなくなっていました。私たちが製品を手渡すと、その負担を思い出したのです。ニューヨークの後、PMFはもう仮説ではありませんでした。競合する製品が並ぶ会場で、実際の初対面の人たちを相手に、その場で確かめたものになっていました。

最後の検証は、Product Huntでした。Edoが数週間前に、試す価値があると提案していました。多くのハードウェア企業と同じように、私たちも一時はKickstarterを検討しましたが、見送ることにしました。クラウドファンディングの実態を調べるほど、そこで勝つのは、最もよい製品ではなく、最も多く広告費を投じた企画であることが多いとわかってきたからです。さらに悪い場合は、自分たちの数字を水増しする企画です。報われるのは、最も大きな声を上げる人であって、必ずしも最も実のあるものをつくる人ではありません。

Product Huntで、私たちの製品を求める人たちに出会う

Product Huntは違います。本当に新しいものを見つけたいから集まり、広告に促されたからではなく、自分にとって意味があるかどうかで投票する。本物のアーリーアダプターとつながれる場所です。新しいカテゴリーの製品が、市場全体に理解されるより前に、その価値をわかってくれる人を探すには、まさにふさわしい場でした。私たちは、2026年5月13日に公開しました。

第2回のベータテストでは、Founding Membersとして50人に登録してもらうことを目標にしていました。24時間で、150件を超える応募がありました。登録者の半数近くが中小企業の経営者で、まさに私たちが中心となる顧客層と考えていた人たちでした。Product Huntでは、その日のプロダクトランキングで1位になりました。

最も記憶に残っているのは、数字ではありません。コメントを読んでいたときのことです。Memoketは、まさにそのもどかしさを解決するためにつくられました。人々は、そのもどかしさを、こちらから促されることもなく、自分の言葉で語っていました。24時間前まで私たちのことを聞いたこともなかった人たちが、初期のホワイトボードを囲む話し合いから出てきたようなことを書いていたのです。

新しいものをつくるときに求めているのは、この感覚です。数字で認められることではなく、届けたかった人たちが製品を見つけ、自分たちのためにつくられたものだとわかってくれたという実感。私たちは、求めていた人たちに出会えました。そこに至るまでには、曇り空の朝の窮屈な会議室があり、全員に製品を使ってもらう決断がありました。二つのコミュニティプラットフォーム、深圳では誰も実践していなかったニュースレター施策、ニューヨークのメディアイベント、そして夜を徹して取り組んだProduct Huntでの公開もありました。それでも、ついに出会えたのです。

Memoket Gemが会話を記録することで、あなたは目の前の会話に集中できます。仕組みを見る